中国現地法人の労務リスクを洗い出したいと思っています。注意点やチェック項目などを教えてください。

1.労務リスク管理の必要性

日本本社にとって海外子会社のガバナンス強化は喫緊の課題となっています。特に、日系企業最大の進出国(外務省の日系企業数統計によれば、平成29年10月1日時点で約3万2,000社)である中国における海外子会社のリスク管理は多くの企業にとって避けて通れない問題といえます。

中国現地法人の主要リスクとして労務関連リスク(労働関連法令のコンプライアンスに関わるリスクを含む)が挙げられます。最近は少なくなりましたが、大規模な労使紛争に関する報道は記憶にあると思います。

海外子会社の管理には、現地法令の正確な理解が不可欠です。しかし、日本本社が海外の現地法令をモニターすることは現実的に難しく、海外子会社が独自に法令モニター体制・コンプライアンス体制を構築し、主体的にリスク管理を担うことが期待されます。

他方で、中国現地法人の労務管理体制をみると、独資企業の場合、中国籍のナショナルスタッフに一任しており、管理の実態がブラックボックス化していることは珍しくありません。これでは日本本社によるモニタリングも満足にできず、ガバナンス体制として不十分と言わざるを得ません。その結果、人事部・総務部長を務めていたナショナルスタッフの退職後、不適切な処理や手続きが発覚するケースもあります。また、内部通報等により、人事部長による縁故採用や親族に対する不当な労働条件の優遇があると告発を受けることもあります。

このような現状を改善し、中国現地法人の労務リスクを適切に管理するためには、まず中国現地法人に派遣されている信頼できるスタッフが現状のリスクを洗い出して把握することが必要になります。なお、リスク管理体制・コンプライアンス体制の構築には人的リソースが不可欠です。そこで、日本本社からも積極的にサポートすることが望ましいといえます。

2.法律根拠の確認

リスクを正確に把握するためには、適用される関係法令を確認する必要があります。中国では、法体系が複雑で、地域によって内容も異なります。そこで、全国に適用される法令を確認するだけでは足りず、会社所在地に適用される地方法令まで確認する必要があります。労務管理に当たって最低限確認しておくべき法令としては、中国労働法、中国労働契約法、中国労働契約法実施条例、賃金支払条例が挙げられます。その外、労働時間、有給休暇、病気休暇、育児休暇及び労災に関する法令を確認することも重要といえます。

3.労務リスクの把握

コンプライアンスを含む労務リスクを確認する手法は、チェックリスト方式、自己評価方式及び内部監査方式等複数ありますが、いずれの方法を採用する場合でも、最低限確認すべき重点項目は次のとおりです。

(1)労働契約書の作成・保管状況

中国では労働契約書の作成が義務付けられています(労働契約法10条)。未作成の場合の罰則等も定められています(同法81条、82条)。たとえ労働者が契約書は不要であると希望する場合でも、使用者は労働契約書を作成しなければなりません。また、労働契約書の必要記載事項についても合わせて確認する必要があります(労働契約法17条、労働法19条)。

(2)就業規則

ア 手続面のチェック

労働契約法4条において、就業規則作成・変更時の手続きが定められています。就業規則の作成・変更に当たっては、労働者の同意までは不要ですが、労働者から意見を聴取し、最終決定した内容を労働者に告示する必要があります。

この手続きを経ていない就業規則は、労使紛争が生じた場合に裁判上の証拠とすることができず、使用者が不利に扱われてしまいます(労働争議案件の審理における法律の適用に関する若干問題の解釈19条)。そこで、会社の最終決定内容を労働者に告示した証拠の有無を確認する必要があります。

イ 内容面のチェック

就業規則は、企業の労務管理にとって大切なルールです。しかし、中国労働関連法令との整合性を自らチェックすることは難しいかもしれません。この場合には、中国労働法例に詳しい外部専門家を活用することも考えらえます。

会社独自でチェックする場合、法令をリサーチして確認するだけでなく、会社所在地を管轄する人力資源社会保障局の窓口へ問い合わせて実運用等を確認することも有益です。

チェック項目は、主に①有給休暇、産前産後休暇等の休暇日数及び取得要件、②残業代や経済補償金の計算方法等が適切であるか確認するべきです。また、実運用面としては、①服務規律事項が網羅されているか(パソコンや携帯電話の管理規定など)、②病気休暇関連の手続きが整備されているか、③解雇事由が具体的に規定されているかなどを確認することが望ましいといえます。

ウ 労務管理の実運用との乖離チェック

各種申請手続きについては、就業規則の内容と乖離が起こりがちです。特に注意が必要な事項は、労働時間管理の方法と休暇管理の運用です。これらの事項を中心に、就業規則と実運用との間にズレがないかと確認する必要があります。

(3)社会保険加入・納付状況

社会保険の未加入・申告漏れ等の問題も珍しくありません。特に、中国では将来的に税務局が社会保険料の加入・支払いについて、管理・徴収することになります。これによって、税務当局は、所得税と社会保険料を突き合わせて申告漏れがないか等を確認することができるようになります。そこで、中国における社会保険料の徴収管理は一層厳しくなることが予想されるため、日系企業としても適切な管理が望まれます。

一部の労働者からは、手取り額が減少することを理由に、社会保険未加入を求められるケースが散見されます。しかし、労働者との同意があったとしても、会社の社会保険加入義務は免除されません。当局に指摘されれば、追徴課税とともに過去に遡及して追納することが求められることになります。

(4)労働時間管理・残業代支払い状況

中国では時間外労働の上限は1か月当たり36時間とされています(労働法41条)。日本と比べて非常に厳しい規制といえます。ただし、この規制は標準労働時間制(一日8時間、一週40時間とする労働時間制をいう)を前提としています。これに対して、特殊な労働時間制度として不定時労働時間制(日本の「裁量労働時間制」に類似した制度)や総合労働時間計算労働制(日本の「変形労働時間制」に類似した制度)が定められています。行政当局による事前の許可が必要であること、適用対象者が法定されていることが特徴ですが、特殊な労働時間法制等が適切に利用されているか否か等についても確認が必要です。特に中国では、原則として管理監督者の制度はありません。したがって、管理職であっても、行政の事前許可なく残業代を支払わないことは違法となるリスクがあります。

また、残業代の計算方法等は地方の法令によって異なることもあり、会社所在地の法令を確認することが必須といえます。

4.中国現地法人のガバナンス体制強化に向けて

経営の現地化とのバランスを取りながら、ガバナンス体制強化に向けた対応が益々求められています。日系企業のなかには、ガバナンス体制強化のため、管理人材として日本人駐在員を増やすところも出てきました。また、中国統括会社に日本人の労務管理担当者を配置し、積極的に各拠点の労務運用を管理しようとする日系企業もあります。重要なことは、単に日本人駐在員を増やすことではなく、日本本社に求められるガバナンス体制を理解する人材が中国の法令・慣習や事情等を積極的に理解しようと努め、リスク管理にしっかりと関与することです。事情も分からず、決裁印だけ押してしまう現状を早急に改善するべきです。

以上