当社の就業規則では、始終業時刻を午前8時~午後5時(休憩1時間を除く実働8時間)と定めています。ところが、ここ十数年間は、ほぼ慣行として午前9時~午後5時(同7時間)の所定労働時間を適用してきました。このほど、業務も多忙となる中、就業規則どおりの始業時刻に運用を是正したいと考えますが、この措置は不利益変更に当たるでしょうか。また、当社では日給月給制を採っていますが、従来に比べ1時間多く働くことになる分、賃金を引き上げなければなりませんか。

十数年間という長期にわたり、継続していた所定労働時間は、労使慣行として法的拘束力を有すると思われるため、就業規則記載の労働時間に戻すことは不利益変更となる

1.労使慣行の成否

(1)労使慣行の成立要件
通常、始終業時刻や所定労働時間は就業規則等に定められ、その内容が労働者に対し法的拘束力を及ぼします。しかし、実態として就業規則等の記載とは異なった労働時間で勤務をしている場合に、就業規則の記載上の時間ではなく、実態上の労働時間が労使慣行(民法92条)として法的拘束力を有することがあります。

この点、法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、裁判例上、以下の要件を満たすことが必要とされています(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件 大阪高裁 平 5. 6.25判決 労判679号32ページ〔最高裁一小 平 7. 3. 9判決 労判679号30ページ。原審を維持〕)。
① 同種の行為または事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていること
② 労使双方がこれを明示的に排除・排斥していないこと
③当該慣行が労使双方の規範意識により支えられ、使用者側において、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたこと

(2)ご質問のケースへの当てはめ(労使慣行)
以上を踏まえて、ご質問を見ますと、就業規則上は、始終業時刻を午前8時~午後5時(休憩1時間を除く実働8時間)と定めています。しかしながら、実態として十数年間、ほぼ慣行として午前9時~午後5時(同7時間)の所定労働時間を適用してきたとのことですので、継続期間が長く、その点で上記①の要件は満たしていると思われます。また、同様にご質問のケースでは、十数年間という長期にわたり会社全体でこの慣行が行われていたことに照らしますと、使用者もこれについて黙認していることを否定することは通常は難しく、この慣行を明示的に排除・排斥している状況はうかがわれないため、②の要件も満たしていると考えられます。さらに、同様の理由で使用者にとっても当該慣行の時間を既に規範として意識していたとうかがえますので、特段の事情がなければ③の要件も満たしているといってよいでしょう。したがって、ご質問の場合には、実態として運用されてきた午前9時~午後5時(所定労働時間7時間)が、労使慣行としての法的拘束力を有すると判断することになると思われます(なお、就業規則よりも不利な労使慣行の場合には、労働契約法12条との関係で無効という問題が生じますが、今回は、就業規則上よりも有利な労使慣行である以上、同条は問題となりません)。

2.労働時間の不利益変更の際の賃金引き上げの有無

(1)就業規則の不利益変更の有無

上記のとおり、ご質問では労使慣行が成立していると考えられますので、それを元の就業規則の始業時刻および労働時間に戻すことは、労働条件の不利益変更に当たることになります。

この点、就業規則上は「始終業時刻を午前8時~午後5時(休憩1時間を除く実働8時間)」となっていますので、就業規則の労働時間を直接的に変更するわけではありませんが、実態としては変更となりますので、原則として、労働契約法8条(または9条類推)の同意に基づく労働条件の変更が必要となります。また、同意が得られない場合には、同法10条の(類推)適用の問題となり、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更内容の社会的相当性、④労働組合等との交渉の状況等労使協議の状況等の諸要素を総合勘案し合理性を判断します。

 

(2)ご質問のケースへの当てはめ(不利益変更等)

以上を踏まえますと、ご質問のケースは始業時刻を早めることで所定労働時間を1時間増やすことになる以上、労働者にとっての不利益の程度はかなり大きいものといえます(要件①)。そこで、会社としては、その不利益を甘受すべき強い不利益変更の必要性(理由)を説明する必要があります。ご質問のケースにおいては、「業務多忙」を理由としていますが、例えば法定内残業が常態化しており、実態として業務時間の延長を行わなければ会社の業務に支障が出るような状況下であれば、変更の必要性は比較的強度であるといえるでしょう(要件②)。その場合、労働者の不利益を緩和するために、一定期間(3~6カ月程度)猶予措置等を設け(要件③)、丁寧に説明を尽くすプロセスを経ることで(要件④)、合理性が認められやすくなるでしょう。

もっとも、仮に労働時間を増やしても賃金自体は維持するということになりますと、労働時間単価が低下する(実質的な賃下げとなる)結果、さらに不利益の程度が大きくなり(要件①)、会社としては、さらに強度な不利益変更の必要性が要求されることになります。具体的には、当該変更を行わざるを得ない経営状況にある(企業の経営が悪化する)等の高度の変更の必要性を要求されるでしょう(要件②)。裁判例では、時間外手当分の減収でも不利益の程度は大きくないと判断されたものの、不利益変更の判断要素として検討されていることからも(羽後銀行[北都銀行]事件 最高裁三小 平12. 9.12判決 労判788号23ページ)、賃金単価の減収については、さらに不利益の程度が大きい一要素としてみなされるでしょう。

したがって、経営状況に問題がある場合等、高度な必要性がないのであれば、ご質問のケースにおいては差額(1時間分)の賃金を引き上げざるを得ないものと思われます。

以上

労務行政研究所「労務行政」第3958号124頁掲載「相談室Q&A」(大村剛史)を一部補正の上転載