1.性の多様性について 

  社会生活を営んでいくうえで、公的機関、企業等に提出する書面の中には、性別を記載する欄があり、「男・女」という記載のどちらかを丸で囲むということもあると思います(なお、労働基準法においても、例えば、使用者は、労働者名簿、賃金台帳の作成を義務付けられており、労働者名簿には「性別」を記載することとされ(労働基準法107条1項・労働基準法施行規則53条1項1号)、賃金台帳においても「性別」を記載することとされていて(労働基準法108条・労働基準法施行規則54条1項2号)、使用者が、上記労働基準法の各条に違反して労働者名簿、賃金台帳の記入等をしなかった場合には、30万円以下の罰金という罰則まであります(労働基準法120条1号))。
  このような場合、多くの人は、特段の疑問を持つことはなく、「男」か「女」のどちらかを記載すると思います。
  おそらく、そのような場合、多くの人は、無意識のうちに戸籍上の性別や身体的な性別を基準にして「男」「女」のどちらかを選択しているのだと思います。
  最近は、マスメディアにおいても、LGBTに関連する報道がなされることが多くなってきましたが、それでもまだ多くの人は、上記のようなことについて、疑問を持つこともないというのが現状ではないかと思います。
  しかし、そもそも「性」は、いわゆる「男性」「女性」という2つの「性」(男女二分法)に割り切れるものなのでしょうか、ということが「性の多様性」という問題です。
  この点、現実問題として、例えば、身体上の性別が女性(男性)であり、自分は女性(男性)だと認識しているが、恋愛対象が女性(男性)であるという人もいますし、身体上の性別が女性(男性)であり、自分は女性(男性)だと認識しているが、恋愛対象は男性と女性の両方という人もいます。また、身体上の性別は女性(男性)であるが、自分のことを男性(女性)だと認識している人もいます。
  このように、「性」の在り方は実は様々であり、現実には、いわゆるストレートの男性、ストレートの女性という男女二分法に当てはまらない様々なセクシュアリティが存在しているのであって、このことを「性の多様性」と言います(「性はグラデーション」などとも表現されています)。
  企業とLGBTの問題について理解するためには、まず「性」には多様性があるという「性の多様性」について認識することが必須となります。

 

2.性の在り方について

  このように、性には多様性がありますが、「性の在り方」については、以下の3つの要素で判断されます。

   ①身体上の性別
⇒ 生物学的な性(性染色体や生殖器などから判断)
※  たとえば、稀に外性器が男性とも女性ともつかないかたちをしていたり、一見女性の身体に見えるものの精巣があるなど、染色体がXX、XYではなく、XXYなどの人もいます(性分化疾患)

  ②性自認(心の性)
⇒ 「自分は男性(女性)である」といった主観的な性別
※  たとえば、身体上の性別は男性であっても、自分のことを女性であると認識(心の性は女性)している人もいます。

  ③性的指向(好きになる性:恋愛対象)
⇒ 恋愛感情や性欲が主にどの性別に向いているのか
※  たとえば、身体上の性別が男性であっても、男性を好きになる(好きになる性が男性)人もいます。 

 

 3.LGBTについて

(1)LGBTとは

  LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとったもので、セクシュアルマイノリティ(「性的少数者」とも言われます)の総称として使用されている表現です。※セクシュアルマイノリティについては、「LGBTQ」(「Q」は「Questioning:自身のジェンダー(社会的性別)や性自認、性的指向を探している、迷い、揺れ動いている状態のこと」)といった表現がなされることもありますが、最近のマスメディアによる報道等においても「LGBT」と表記されることが多いため、本コラムにおいては、LGBTという表記で統一致します。

  L=レズビアン
(女性の同性愛者)

  G=ゲイ
(男性の同性愛者)

  B=バイセクシュアル
(両方の性別を好きになる人、あるいは相手の性別にこだわらない人)

  T=トランスジェンダー
(身体の性と心の性が一致していない人)

 

(2)「性の在り方」を踏まえたセクシュアリティの考え方の一例

  「性の在り方」を踏まえたセクシュアリティの考え方の一例を示しますと、以下のとおりとなります。

  A.①身体上の性別が男性、②心の性も男性、③恋愛対象が女性であれば、「ストレートの男性」

  B.①身体上の性別が男性、②心の性も男性、③恋愛対象が男性であれば、「ゲイ」

  C.①身体上の性別が男性、②心の性も男性、③恋愛対象が男性と女性の両方ということであれば、「バイセクシュアル」

  D.①身体上の性別が男性(女性)、②心の性は女性(男性)、③恋愛対象が男性(女性)であれば、「トランスジェンダーのMTF(Male to Female)、(FTM(Female to Male)」

  ただし、上記はあくまでも一例であり、たとえば、トランスジェンダーの中には、①身体上の性別が女性(男性)、②心の性は男性(女性)、③恋愛対象は男性(女性)という「FTM(Female to Male)ゲイ(MTF(Male to Female)レズビアン)」と表現される人もいます。
  また、トランスジェンダーは性同一性障害(GID)とイコールであると説明されることもありますが、正確には、性同一性障害とは、トランスジェンダーのうち、医学的な基準によって診断を下された場合のことをいいます。トランスジェンダーの中には、自分の身体の性に違和感を覚えはするものの、治療は望まず、時々女装(男装)することで性別への違和感を解消している人もいます。
  さらに、自分の身体上の性別に違和感を覚えるものの、男性から女性(女性から男性)へという性別移行ではなく、男性でも女性でもある(両性)、男性と女性の中間(中性)、男性でも女性でもない未知の性(無性)といった在り様を望む人もおり、そのような人についてはMTX(Male to Xgender)、FTX(Female to Xgender)と表現されます。
  このように、LGBT(特に、トランスジェンダー)についてもそのカテゴリーの境界線は必ずしも明確とはいえない部分があります。

 

(3)LGBT以外のセクシュアリティ

  上記のように、LGBTについてもそのカテゴリーの境界線は必ずしも明確ではない部分がありますが、さらに、セクシュアルマイノリティは、必ずしも上記(1)のLGBTという4つの分類に限定される訳ではありません。
  LGBTの他にも、あくまでも一例ですが、以下のような様々なセクシュアリティが存在するとされています。

  ① インターセックス
体の性(性染色体や性器など)がどちらかに統一されていない、または判別しにくい人(性分化疾患)

  ② Xジェンダー
心の性が男女どちらでもない(どちらでもある)中間の人

  ③ Aセクシュアル(アセクシュアル)
無性愛者:好きになる性を持たない人

  ④ノンセクシュアル
非性愛者:恋愛感情があっても性的欲求を抱かない人

  このように、セクシュアルマイノリティと言われる人には、LGBTに限らず様々なセクシュアリティが存在しますが、重要なことは、これらの違いを一つ一つ正確に理解することではなく、まずは、性には多様性があるということを理解することだといえます。

 

(4)LGBT層の割合等について

  以上述べてきたように、性は、男性・女性という2つの性のみに分類できる訳ではなく、現実には、性には多様性があり、LGBTをはじめとして、様々なセクシュアリティが存在しますが、日本において、LGBTの当事者とされる人が、どのくらいの割合を占めるのかということについては、あまり認識されていません。
  この点、電通ダイバーシティ・ラボが実施した「LGBT調査2015」によりますと、日本のLGBT層の割合は、7.6%であるとされています(自由民主党の政務調査会に設置された性的指向・性自認に関する特命委員会が平成28年4月27日に作成した「議論のとりまとめ」においては、「性的指向・性自認が典型的でない方(性的マイノリティと呼ばれる方)は人口の3%~5%存在すると言われている。」とされています)。
  上記「LGBT調査2015」の数字はあくまでも推計ですが、同調査結果によれば、100人中7.6人、13人に1人がLGBTであるということになり、現在、ある程度の規模の企業であれば、どの職場においてもLGBTの当事者がいる可能性があるといえます。さらに言えば、当然のことながら、取引先企業の担当者がLGBTの当事者である可能性もあるのです。
  また、同調査によりますと、LGBT層の市場規模は5.94兆円に上るとされていますので、企業が消費者に対する商品・サービス展開を考えるうえでも、LGBTの当事者への配慮等が重要な課題になってきているといえます。
  このような事情からすれば、企業は、LGBTと企業の問題について、現実の問題として捉える必要があり、自社としてどのように取り組んでいくかについて、検討をはじめる段階にきているといえます。

以上

 

■  企業とLGBTに関するニュース

  LGBTの当事者へのセクハラについて男女雇用機会均等法の指針に明記

  職場でのLGBTの当事者へのセクシュアルハラスメントに企業が対応する義務があることを明確にするため、厚生労働省は男女雇用機会均等法によって定められている指針について、労働政策審議会 (雇用均等分科会)において指針の改正案をまとめており、改正後の指針は平成29年1月1日から施行予定とされています。告示案については、以下のURLから参照することが可能です。

  ・事業主が職場における性的言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針の一部を改正する告示案について【概要】
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000125573.html

以上

※ 企業とLGBTの問題については、必ずしも議論が深まっている分野ではなく、不確定要素も多いため、本コラムの記事については、予告なく削除・加除等を行うことがある点については予めお断りをさせて頂きます。

文責:弁護士 帯刀康一